Shibuya.js, サブテク, インターネットヒーロー

この記事は筆者が見た夢を一人称視点で叙述した内容です。事実ではなく、実際の人物等とは一切関係ありません。

インターネットで自分がそれまで想像してこなかったような人たちがなにかしていることを知るようになって、だんだん彼らと同じ言葉を喋りたくなった。

自分の場合はそれはたとえば HTML や CSS といった Web のあれこれであった。

けっきょく自分はそういった人たちとインターネットを介して上手におしゃべりすることはできなかったし、今もできていないけれど。

けれども自分が勝手に、一方的に憧れていた人たちは勉強会というものを始めて東京や近郊で集まり、交流をすすめた。その様子はインターネットで伺い知ることができる。

幻滅したし嫉妬した。インターネットという地理的制約やいろいろなものを乗り越えられるパイプを通して出会った人間たちが結局ごくローカルな地理に縛られた共同体に還元されていくのか、と。そして地理に縛られる自分はそれをただインターネットで傍観するだけなのか、と。結局、こんなところにいる限り、インターネットを使おうと、ずっと惨めな思いをしてただ柔らかに死ぬだけなのか、と。

だから、今でも自分はごくローカルな共同体に肩入れしようと思わないし、これからもそうすることはないと思う。少なくともインターネット上での活動より大きな割合を占めることはないだろうと思う。

それはインターネットへの敬意であり誠実さであり還元であるからだ。インターネットを受けて得た恩恵はインターネットに還さなければならない。ソフトウェアによって恩恵を受ければソフトウェアによって還すように。

サブテクは自分の印象で同時期からそれより少しくらいに発生した共同体で、どちらかというとサークルのような性格が強い印象を持っていた。

サブテクグループで日記を書いている人に憧れてソフトウェア・エンジニアになったし、いまでも彼らに憧れている。

所属していた個々人を尊敬しているということもあるけれど、インターネット上の共同体であるから、ということに尽きるのだろう。

インターネットから受けたものを、きちんとインターネットに還す。それを実践する彼らに、geek や hacker とはまた違うなにかを見ていたのかもしれない。

ギターを弾く人の誰もが憧れるような人をギターヒーローと呼ぶことがある。インターネットヒーローによってなにかしら自分の目指すべきところを見つけられたりしてほしい。

インターネットのどこかにはそういった存在がいるかもしれない、あるいは見つけられるかもしれない、ということをきちんと伝えていかなければいけない、ということを強く感じている。

実際のインターネットがどうである、ということ以上に、インターネットに期待してもいい、という気持ちを絶やしたくない。