制度の例外的運用っていうのがあって、まあそれは良くあることだし「弾力的にやれている」と捉えることができないでもないけれど、その例外的運用に選ばれないっていうのは端的に言って腹が立つし、自分は選ばれない側の人間だと思い知らされてずいぶん惨めな気持ちにさせられる。

例外的運用と整備していこうという間を、自分がコントロールする余地があると捉えることもできるだろうし、実際そうできる人になれたらと思うが、提案とかしていく中で正論で返されるとめちゃくちゃ腹が立つ。正論で評された制度を作ったのは自分だし、むしろそっちじゃないのって立場の人が言うこともあるし、どの口が言っているんだっていうかんじ。

こういう逆風ばかり吹いていると「今は大変な時期だけれども、支えあっていこう」みたいなのが薄ら寒く感じるし、付き合っていられるかって気持ちになる。

MFで撮る日々

楽しくないこと、憂鬱なことが多くてつい雑に時間が過ぎてしまえば良いと願う日々。
あるいは速歩きで通り過ぎたくなる日々。

つい気分転換の散歩にカメラを持ち出しても手早く自分が気に入るような瞬間だけをさっと切り取ろうとするだけ。
良い瞬間への感度を高めることは大事だと思うけれど、そうでない瞬間の記憶が少なくて寂しい。本当に瞬間瞬間のことしか思い出せない。その間に浮かび上がるものがない。

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もっと研ぎ澄ませて今まで目を向けられなかった瞬間を覚えていたいし、その数を増やしたり再現性を増したい。
趣味に対してそういった向上心を持つことが悪いことどころか望ましいことだと信じているけれど、どうにも噛み合わない。

結果を追い求める心だけがあって、そこへ繋ぐものが今は足りていない。
技術もそうだし、心の余裕がない。

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しばらく手段に溺れてみることにした。水準器も何もなしでMFで撮る。
水平は出ていないかもしれない。三分割法をもっと活かした良い構図があったかもしれない。AFだったら逃さない瞬間があったかもしれない。

ただ楽しい。ただレンズのヘリコイドを回すだけで嬉しい。いつのまにか撮れたというより確かに自分の手で撮れたという感触が強くなった。

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これが良いとは思っていない。結局どうあっても道具に弄ばれているだけだ。

今は日々に目をやることが楽しいままでいられるなら、これも良いか、と思う。
でも本当は。

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佐倉としたい大西 DVD in 北海道 Death Venture Drive

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佐倉さんと大西さんが北海道に行く回。しかもよりによって真冬の網走。

免許とりたての佐倉さんが大西さんとスタッフを乗せて30分くらい? 運転しているのがかなりすごい。地元でも免許とってワンシーズン越すまでは人は乗せないっていう人が多い (し、最初の冬で事故る人は多かった) のに。

番組を見ているというよりホームビデオを見ているっていうかんじがしてほっこりした。実際、DVDなので解像度が低い。

夜中にコンビニで買ってきたおにぎりとかをもしゃもしゃ食べながら話しているのをひたすら見るだけでありがとうございますって気持ちになる。ローラーかけている大西さんかわいい。

相変わらず平坦な毎日が続いている。

本を読んだり前から作っていたソフトウェアにちまちま手を入れたり知人とzoomで話したり。
書き出してみれば何も変わっていないようにも見える気がするけれど、決定的に何もかも違う。

無駄にしたくないとか、塞ぎ込みたくないとか、そういう気持ちがずっと根底に流れ続けている。
そういう気持ちの存在を感じ取るほどに自分がいかに自由意思を持てずに生活してるかということを自覚してしまう。

思い立って京阪に乗ってただ往復してくるだけのことをしてみようとか、そういう「ムダなこと」をする豊かさが失われている。

これまでとこれからは生活が一変するのだから元に戻るのかというよりこれからどうするか考える方が建設的なのだという人もいた。
それはそうだと思うが、ではどうなっていくのかという見通しがない。
それに、自分が好きだったもの、大切にしていたものが、「その後」の世界にどんな形で残るのか・残らないのかが気になってソワソワしている。
残らない方に傾きつつあるなら、手を貸したい。

たまたまこのタイミングで自分がライフイベントを迎えようとしたのも間が悪い。
この不安が周りに対するものなのか、それともライフイベントに対するものなのか、分別がつかないでいる。
単に変化を恐れているのか?相談しようにも、こういうご時世なので手段と相手が限られている。

意識的に遠ざけてしまいがちだったので、変に意識せずにとにかく毎日考えたことを書いていけば良いか。