蒸し暑い日々。昨日は暑かったけれど今日の夕方は涼しかった。これがいいよ。去年はもっと蒸し暑い日が多かった気がする。ちょっとずつ夏の良いところ探しをしないと耐えられない。

 

昨日は藤井大丸のビルケンシュトックに出向いてサンダルのクリーニングをお願いしてきた。

靴の底面をライナーっていうの初耳。しばらく使ってべたべたしていたのでどうにかしたかったけれどクリーニングしてもらえるということを知らなかった。

 

ちょくちょく外に出てはいたものの、人があんなにいる空間は久しぶりだったので緊張した。

これからどんどん暑くなるから四六時中マスクはしていられなくなると思う。

制度の例外的運用っていうのがあって、まあそれは良くあることだし「弾力的にやれている」と捉えることができないでもないけれど、その例外的運用に選ばれないっていうのは端的に言って腹が立つし、自分は選ばれない側の人間だと思い知らされてずいぶん惨めな気持ちにさせられる。

例外的運用と整備していこうという間を、自分がコントロールする余地があると捉えることもできるだろうし、実際そうできる人になれたらと思うが、提案とかしていく中で正論で返されるとめちゃくちゃ腹が立つ。正論で評された制度を作ったのは自分だし、むしろそっちじゃないのって立場の人が言うこともあるし、どの口が言っているんだっていうかんじ。

こういう逆風ばかり吹いていると「今は大変な時期だけれども、支えあっていこう」みたいなのが薄ら寒く感じるし、付き合っていられるかって気持ちになる。

MFで撮る日々

楽しくないこと、憂鬱なことが多くてつい雑に時間が過ぎてしまえば良いと願う日々。
あるいは速歩きで通り過ぎたくなる日々。

つい気分転換の散歩にカメラを持ち出しても手早く自分が気に入るような瞬間だけをさっと切り取ろうとするだけ。
良い瞬間への感度を高めることは大事だと思うけれど、そうでない瞬間の記憶が少なくて寂しい。本当に瞬間瞬間のことしか思い出せない。その間に浮かび上がるものがない。

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もっと研ぎ澄ませて今まで目を向けられなかった瞬間を覚えていたいし、その数を増やしたり再現性を増したい。
趣味に対してそういった向上心を持つことが悪いことどころか望ましいことだと信じているけれど、どうにも噛み合わない。

結果を追い求める心だけがあって、そこへ繋ぐものが今は足りていない。
技術もそうだし、心の余裕がない。

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しばらく手段に溺れてみることにした。水準器も何もなしでMFで撮る。
水平は出ていないかもしれない。三分割法をもっと活かした良い構図があったかもしれない。AFだったら逃さない瞬間があったかもしれない。

ただ楽しい。ただレンズのヘリコイドを回すだけで嬉しい。いつのまにか撮れたというより確かに自分の手で撮れたという感触が強くなった。

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これが良いとは思っていない。結局どうあっても道具に弄ばれているだけだ。

今は日々に目をやることが楽しいままでいられるなら、これも良いか、と思う。
でも本当は。

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