まったく気持ちの乗らない状態で、どうしたものか、というかんじだけど、「どうしたものか」と考えるだけで問題が解決できるわけではないので手を動かすしかない。
自分が手を動かした結果もいずれこのように誰かに重くのしかかることになると思う。でも、それは誰かが手を動かしたからではなくて、常によりよくしようという試みがなされなかったからそうなるのであって、絶対に、決して、断じて、手を動かしたことが間違いだったとか、そういうことではないし、そうであってはならない。
だから、自分が本当に解決しなければいけないのは、常に省みることを忘れないという意識を共有することであって、目の前のクソの山を片付けることにとどまるものではない。
とは言っても、気分が晴れないので汚い言葉をふんだんに使った。これで気分が晴れるわけではない。晴れてほしくもない。
なにが価値あるソフトウェアだ、自分のやってることは燃えるゴミと燃えないゴミの分別だ
— 一級河川さん (@aereal) 2013年4月25日