健康と観測者効果

この記事は筆者が見た夢を一人称視点で叙述した内容です。事実ではなく、実際の人物等とは一切関係ありません。

何事も観測できないよりはできるほうが望ましいと考えているほうだが、最近は観測者効果による悪影響とどう向き合うか考えている。

たとえば頭が痛いなという状態で現在の心拍数を見て平時より高い時、観測した結果に対して主観的な反応が起きる。 「うわ、高いな、なんでだろう」とか。

特に予想外の悪そうに見える兆候が見てとれた時、その兆候に対して不安や緊張を覚えたりする。 そうするとさらに別の悪そうに見えるフィジカルの変化が起きる。

こういう経験を通してみるに、観測できることそれ自体は有意義だけれども、それを自分のような素人が1から10まで評価するというのも考え物だなと思いつつある。

もちろん素人の自分が評価して病院にかかるべき兆候を発見することもあるだろうから、まったく何も見ないというのも極端だろうが、たとえばスマートデバイスから通知も来ていないのにバイオメトリクスを見にいくのは避けたほうがいいんじゃないか、と考えつつある。

能動的になにか見にこうとする時は多少の緊張状態にあるわけで、そういう状況では平時の……というかリラックスした状態の数値傾向からは大なり小なり変わっている。 その大小が許容範囲なのかどうかを都度素人目に評価することは難しいし、見ようと思えばいつでも見れる状況で何度も目にすると情報処理にストレスを抱えることになる。

そう考えるとOura Ringのバイオメトリクスを収集できるが、わざわざアプリを開いて同期しないと値が見れないというほどよいめんどうくささはかなりよいデザインに思える。

と、ここまで考えたところでGarminのディスプレイから心拍数などを消して歩数とかだけにすることにした。