この記事は筆者が見た夢を一人称視点で叙述した内容です。事実ではなく、実際の人物等とは一切関係ありません。

きっかけは新しい MacBook Pro が出たことだった。家の MBP を置き換えてもいいかなあと思って注文し、発送は12月上旬ですと言われてまあそんなものかと思って待っていたけれど、ふとやってきたところで少なからず効率はよくなるだろうけれど、新しいことができるようになるわけでもないことに気がついた。

そのかわりというわけではないけれど、最近やっていないことをやろうと思ってまたホルンを吹いてみようという気になった。とはいえ新たに買うにはスリリングな値段だし長続きするのか・長続きさせたいのかもわからなかったから、レンタルしてみることにした。

多少手続はめんどうだったものの順調に済んで先週やってきて、週末に吹いてみた。

最後にホルンを手にしてからもうかれこれ10年である。記憶よりずっと軽かった。吹いているときはもっとずっと重い気がしていたけど。

10年のブランクがあるとはいえ、肉体も成長しているしなんだかんだでいろいろなことをまだ体が覚えている自負があって、往時のままにとまではいかずとも1日練習するうちに勘は取り戻せるだろうと思っていた。

思っていたことも完全な自惚れで、10年のブランクは大きなものだった。まったく音が出ない! 記譜中央Cからのスケールが吹けなかった。いつも音出しで吹いていたあのスケールが吹けない。音が出ない。

上のC (= 実音F) は思い切り息を吸ってアンブシュアもめちゃくちゃで力いっぱい吹き込んでやっと出るという有様だった。しかも音はとうてい汚い。これくらい吹き込んで上の G (= 実音C) は出ていたはずなのに。

なにかの間違いではないかと思って、まずF管とB管を間違えているのではないかと疑ったけれど、4番バルブを押しても変わらない。まあ当然だ。

しばらく困惑しながらロングトーンを続けるうち、静かに自分の腕がなまっていることを受け入れつつあった。もともと大した腕じゃなかったけれど、それでももっとまともに吹けたと思う。

老人の無謀な運転や横断は自分の判断能力の評価が甘いことに由来するという話を聞いたことはあったけれど、こんなかんじなのかな思うと笑えてきた。スケールを途中まで吹きながらこの吹き込み方で頭の中では音が鳴っているのに鳴らない。詰まったような失速した苦しげな音が漏れるばかり。

本当に情けなくて呆然としていた。なまじもっと吹けていた記憶が残っているだけになかなか受け入れられない。記憶とか知識は残っているけど、自分の技術がほとんど初めて楽器を手にしたときほどまでに落ちているとは。

基礎練習の譜面はいくつもおぼえているけれど、ろくに吹けないのでただ1オクターブ下でロングトーンを繰り返すだけ。しかもすぐにばてる。

ほとんど放心しはじめたころになって落ち着いてきて、自分が初めて楽器を手にしたときは最初の1ヶ月とかこんな調子だったと思う。1日や2日でどうにかなるものではなかったし、1日くらいでどうこういってもしかたない、とほとんど自分に言い聞かせながら練習していた。

言葉も出ないほど悔しいけれど、こうしてうじうじしていてもうまくならないので、毎日はむずかしくても週一くらいでは吹いて勘を取り戻そうと思った。