たとえば表現規制非実在青少年についての都条例など。おれは、「非実在青少年とかうまいこと言ったもんだな」程度にしか考えていない。しかし、Twitterをはじめとして、ネット上では多くの人が意見を述べ、ある人は規制推進派を糾弾したり、ある人はこの国のアニメや漫画などの行く末を憂いたりしている。

たとえば教育と労働。大半の大学が就職予備校となっているという現状、新卒至上主義。はてなやTwitterは (情報系の) 大学生・院生・既卒生が多いせいか、とても活発に議論される話題のひとつとなっている。特に情報系の人は熱に浮かされたように、海外へ行け、ということを言う。海外というのは、アメリカだとかシリコンバレーだとかに置き換えられる。どうでもいいが、無責任に海外へ出ることをすすめる人 (海外に出るにあたって、なんらかのバックアップをしない人) は嫌いだ。お金や文化など、わからないこと・不安なことなんていくらでもあるのだから、それに対してきちんと説明をしないといけないなんて当たり前だ。

高校生の頃はこういった話題を熱心に追って、ブログに意見を書いたりもしてみた。

こういった社会問題に目を向けることも大事なんだろうなあ、という漠然とした気持ちはある。しかし、目を向けて知ったところでどうにかなるものでもなし、楽しい気持ちがどんどん削がれていくだけでしかない。

煽り気味に「このままでは日本が終わる」って言う人もいるが、終わってしまわないから問題なんじゃないの、などとおもいつつ、(どのレベルで終わるのかわからないけど) 終わってしまうなら盛大に終わってしまえばいいのにな、ともおもう。「終わる」ってなんだ。

20年弱生きてきた愛着や、アニメや漫画、音楽、景観といった文化への執着があるし、日本が好きだ。まだまだ知らないところ・行ったことのないところが多いし、日本に飽きるには早いとおもっている。海外には日本より先進的な文化や制度があるのかもしれないが、「遅れている」日本の文化もよくわからないのだし、もっと日本で刺激を受けたい、とおもっている。

日本が好きだから、不満に思う制度・文化などが変わればよいともおもっている。しかし、それを実現するための具体的なやりかたが見つからない。政治家になる? 政治家になってできることって、はたしてどれだけのことだろうか。ましてや一人の政治家として。文化まで変えられるだろうか? 一人で? そもそも、政治家になるとして、失うものはどうするのか。なにかを選ぶということは、なにかを選ばないということだ。政治家になるということは、政治家にならない自分、政治家以外になる自分を失うということだ。はたして「政治家になる自分」は「政治家にならない自分」より魅力的だろうか。どちらにせよ、お金も人望もないので、政治家になることは非現実的だ。

まとまらない。日本が好きだから、おもしろいことをやるなら日本を中心にやっていきたいとおもっているし、できれば死んだ時に入れてもらう墓は日本がいい。社会問題の周辺を追っていて辛くなるのは、「もう日本はダメだ」、「○○ (欧米とかが入る) に比べて劣っている」という言葉を見るからで、次々と好きなものがdisられていくのは、さすがに耐えられない。

ところで、おれはイギリスかフィンランドに行ってみたい。南国には行きたくない。暑いのはイヤだ。できるだけ寒いところがいい。たくさん写真を撮りたい。たくさん空気を吸いたい。たくさんの人間のにおいを感じたい。他人が撮った写真から漏れてくる、その風景のにおいというものがあって、フィンランドやイギリスは特に好みだった。留学でもいい。どちらにせよ、外国語の勉強をきちんとしよう。