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写真の上手下手って何で決まるのかなあって考えていて、写真というフォーマットに執着を持てるかというところはありそうだなと思った。

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帰りにふと電話ボックスを見たら小雨の跡が側面に残っており、それが対向車線からのヘッドライトで光り、それはできすぎなくらいきらきらしていた。

カメラも持っておらずスマフォで一枚撮って、もうちょっと構図とかボケたかんじとか詰められるかなと思ったけどスマフォしかないしな……と思ってそれきりにして帰った。

帰りながら、写真が上手い人はああいう瞬間を逃さず納得いくまで詰められるのだろうなと考え、また、なぜ自分はあそこで踏ん切りをつけて諦められたのかといったことも考えた。

あのきれいな奇跡みたいな瞬間をもう目撃し終わっていて、事後の露払いみたいなものとして写真に収める行為があるだけなので、もう過ぎ去ったものは捉えられないという当たり前の諦観があったのかもしれない。

写真それ自体を表現として考えるというより、自分の視覚や記憶の補助としてしか考えてないからなんだろうな、と思った。

文章もそうでエッセイ風の文章がどうにも苦手。個人的なようでいて読者への視線が残っている。

感動した瞬間から遡った写真も、第四の壁を越えた文章も、感動の時系列や人生という物語の額縁といった自らを規定するフォーマットを壊すことにつまらない掟破りを見て白けてしまう。

枚岡神社、鐸比古鐸比賣神社 #1

近鉄京都駅→枚岡駅→枚岡神社→枚岡公園展望台→堅下駅→鐸比古鐸比賣神社→柏原駅→大阪駅

先々週の土曜日は行ったことのない東大阪の神社へ出かけてみることにした。東大阪のあたりはどう行こうにも1時間くらいかかって地図で見るよりだいぶ遠いかんじがする。

奈良経由か大阪経由のルートが考えられて、大阪に行くルートはよく行くから奈良経由にした。JRでも行けるけれど、近鉄に乗ることにした。

京都駅から特急に乗ったところまではよかったけれど、ずっと奇声をあげている人がいて怖かった。メンタルが不安定そうで、席がかなり近かったので暴れたりしたら嫌だなと思って気が気じゃなかった。ちょうど車内を通った車掌さんと目があった気がする。

久しぶりに大和西大寺で乗り換え。難波行き。生駒のほうは行ったことがなかった。山がちで普段JR京都線や阪急に乗るときには目にしない風景なので、同じ京阪神圏だけどこんなにすぐに雰囲気が変わるものなんだなあ、と思っていた。盆地の風景とは違う山地の風景。

慣れない路線なので、いま乗っている種別が目的の駅に止まるのかけっこうドキドキする。基本は Google Maps や Yahoo 乗り換えを信用するけど、いざ動く電車を前にするとアナウンスがあるまではけっこう緊張する。

無事に枚岡駅に着く。無人だけど自動改札機のある駅がミスマッチで現代の鉄道駅っぽいなあと思う。阪急にも無人駅はあったけど。

降りてすぐに、たまにある高揚感がやってきた。駅の裏すぐにある坂を登りながら「ここは知らない土地だ」ということを感じる。行き慣れたように思える場所が増えてしまったなかで尊いことだ。

裏参道から梅林に出られると書いてあったので行ってみたけれど病気が流行ったため伐採されてしまったらしい。痛ましくも残念だと思っていたら展望台があると書いてあったので登ってみることにした。

20分くらいだしちょっとした散歩程度に思っていたら、想像よりきつかった……。とはいえ山登りというものでもなくせいぜいハイキング程度。ただ重いカメラと厚いコートを着ていたので歩きづらかった。コートは途中で脱いだ。

頂上からの見晴らしは曇って万全とはいえない天気にも関わらず大阪平野を一望できてきれいだった。DFA★ 70-200mm F2.8に換えて覗いてみると大阪湾まで見えた。

興奮とハイキングで火照ったあまりコートを脱いでしばらく写真を撮ったのだけれど、あとから考えるとこれがよくなかったと思う。後日、風邪をひいた。

帰りは小学生と大学生くらいの人たちが20人くらいで連れ立ってハイキングしているところに出会った。サークルの活動かなにかなんだろうか。保育士っぽくはなかった。不慣れな印象を受けた。

先週の土曜日 (2/25) は天気がよかったけれど起きるのも行動を開始するのも遅くて、出かけるタイミングを失ってしまった。

家を出て歩きはじめてどうしようか迷って、日曜日に行こうと思っていた写真展に行くことにした。

大阪のギャルリ・キソウがメインで、ついでにリコーイメージングと富士フイルムのギャラリーを見た。

ギャルリ・キソウ企画展
菊地和歌子写真展「echo」

菊地和歌子写真集『echo』の刊行(LibroArte)を記念して作品展を開催します。
8年にわたり撮影した雪の在る風景。
遠くひろがるその白に心を映す。
ふわりと舞いながら響き合う大地の声。
色づきだすいつかの記憶。
[色とりどりの白]が運んでくれる情景の数々。

これからの展示 – Acru(アクリュ)

ギャルリ・キソウは、アート色というか表現色の強い展示。

ほとんど真っ白な雪景色の写真ばかりで色彩に乏しいけれど、小さくビビッドな服を着た人が写っていたり、雪を被った木々のコントラストが映えたり、北海道にいるときに目にしたような、どうしようもない景色ばかりがあって、懐しいような変な気分だった。

リコーイメージングは PENTAX KP が展示されていたのでちょっと触ってみた。小さいけれど意外と重くて、食指は動かなかった。

ギャラリーは作例中心でごく小さかった。いまいちギャラリーの作法というか目指すところをよくわかってないのだけれど、光沢のある紙にプリントして蛍光灯が反射するような角度で展示されるのは、そういうものなんだろうか。

富士フイルムのギャラリーは、本当は行くつもりがなく、富士フイルムのサロンを見るつもりが間違えて入った。

富士フイルムのギャラリーは賞の入賞作品が並んでいて、賞に応募して入賞しそうな作品がたくさん並んでいた。入賞しそうな作品なんて言い方をすると嫌味っぽいけれど、特に含意はなく、ただそうとしか表現しがたい気がした。

帰り、本町から淀屋橋まで歩いた。淀屋橋からビル街を写しとりたかった。橋に立ち写真を撮ろうとカメラを構える。途端に、車が通過して橋が揺れるのを敏感に捉える。普段は気付きもしないことに鋭敏させる。

淀屋橋から梅田まで地下鉄で移動したけれど一駅だし歩いてもよかった。地下鉄淀屋橋駅は改装されて綺麗になっていた。

2DK、Gペン、目覚まし時計

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 1 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 1 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 2 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 2 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 3 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 3 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 4 (百合姫コミックス)

2DK、Gペン、目覚まし時計。: 4 (百合姫コミックス)

Kindle 版を買って一気に読んだ。『やがて君になる』を買って読みはじめたあたりから Amazon のおすすめがいわゆる百合ものばかりになって、おすすめされるままに買ってまあまあよかったかもね、っていう日々が続いていたけれど、これは久しぶりに脳髄にズイッときた。

特に4巻の葵さんはね……。こういう人にひとしきり弄ばれて破滅したい。

地雷っぽさっていうか「あ、この人やばい人だ!」って危険信号が鳴っているけれども進まずにはいられない……これが魔性なのかな。

ほどよい生活感と夢見るかんじが心地よい。

帰省

1週間くらい帰省した。2月に帰るのは久しぶりでこんなに寒かったっけ……と戸惑った。もう自分は身も心も北海道の人間じゃなくなったなあ。

実家の周りは何もなくて、自転車が使えない季節なのでほとんど実家に軟禁状態だった。平日は普通に仕事しているし、昼休みの時間も自分で昼食を作って食べたら残り15分くらいで機械にでもなったみたいだった。

雪が深いしもっと写真を撮るつもりだったけれど外に出られなくてあてが外れてしまった。

もうひとつ目的にしていた、着替えとカメラを入れたバックパック生活がどれくらい現実的か試すというところは達成できた。けっこうパンパンだったけれど、MacBook は置いていくだろうからたぶん大丈夫。

ただ DFA★ 70-200mm F2.8 は持っていけるかはあやしい。重さはほぼ MacBook と変わらないか少し重いくらいなので、背負えないことはないけれど、容量的にだいぶ厳しいかんじ。

入りはするんだけど、余裕がない。こっちに帰ってきてから北野天満宮に出かけたときは135mmあたりを主に使って、だんだん望遠側に慣れてきた。

いいレンズだけどいかんせん重く、あとどうしてもサンクコストっていうか高いレンズだったのでもっと楽しみたい、みたいな気持ちも邪魔してくる。DFA 100mm F2.8 Macro あればいいかなあ、という気もしつつ……。