この記事は筆者が見た夢を一人称視点で叙述した内容です。事実ではなく、実際の人物等とは一切関係ありません。

先週は弱ったところに追い討ちをかけられた気分で、ずいぶんと惨めな気分が続いていた。けっきょく何が一番惨めなのかといえば、自分をありありと見つめさせられたことだろう。

いかに器が小さく、虚栄心は強く、力が伴わない。自分が心底嫌悪するのはこういう類の人だ。つまり自分のような人間だ。

金曜日は普段話す機会のない人たちとたくさん話した。

自分がどうしようもなく惨めな気分に陥って閉じ込もりたい気持ちになったときに、他人とのどうでもいいような、取るに足らないような、そういう会話だとかに救われるときがあることはよく知っているつもりだ。

求めることを嫌っているわけでも、痩せ我慢しているわけでもない。ただ、自分の我侭で他人を振り回す程度のことに罪悪感を感じる。そこまで傲慢になりきれない。どうしたものか。

どうしたものか、なんてそれらしく悩んでみたけれど、思い立ってチケットを2枚買う。もう1枚あるので一緒に行きませんかと誘う。これでよかった。

髪がのびた。

土曜日のことはよく覚えていない。昼にパンを買って食べた。いつもはだいたい2つ選ぶところ、3つ選んで食べた。けっこうおなかがきつかったけど、相変わらずおいしかったので幸せ。

新しいパン屋さんを開拓したい気持ちがありつつも、土日はいつも行きつけの店に行きたくなる。平日は開店時間の都合で行けないので、土日に訪れないともう1週間待つことになる。だから平日の朝に行ける範囲で新しいところを見つけてみたい。

模様替えして南向きの磨りガラスから光を常に取り入れるようにした。これまではベッドが近かったので、寝るときは防寒のためにロールカーテンを下げていた。

朝、磨りガラス越しに柔らいだ光が注いできて目が覚める。その光の強さで天気の見当をつける。ケータイで答え合わせをする。柔らかな陰影がついた、最近買ったギターを見ながらニヤニヤする。

冬の寒さも嫌いじゃないけど、春の喜びというものもわかってきた。少し装いが軽くなり、草木が色付くあのかんじ。空気にも色がつく。

梅の花は、冬からそういった春への移ろいの象徴といった風で、そのにおいと併せて好きな草花のひとつです。