それとは別にふとした瞬間に思い付いたアイデアがあって、類型としては目新しいものではないけど着想みたいなのがおもしろいと思っているし、バックエンドはそんなに複雑ではない、要するに見せ方の問題なのだ。

おかげでいろいろ「遊び」をもたせたまま書けて気持ちが楽でいい。遊びというのは設計上の冗長性も然り、あるいは前から使えそう、使ってみようとおもっていたライブラリを使うことだとか、そういうの。

個人的に「情報技術的にこんなにすごいことやっていますよ! だから見てください!」みたいなのは好きじゃなくて、技術的価値は価値指標のひとつとしてちゃんとあってよいものだとおもうけど、しかしそれをそのままおもしろさという価値指標として捉えろ、捉えよう、みたいなのは内輪ノリっぽくて、穿った見方をすれば「おもしろく見せよう」という努力を怠っているのでは? という気がする。

技術的にすごいことがそのままおもしろいことに繋がってしまうのは不幸を招くとおもっているし、そういう好奇心を煽るおもしろさはあってよいとおもうけど、しかしもっと普遍的な、もっとひとつ上のレベルでおもしろさというのを強く意識していないといけない気がしている。

このサービスはこういうライブラリをつかっているからおもしろそう、みたいなのは気持ち悪い。あんなにおもしろいサービスの裏では実はこういうものが使われて、というかんじならばいいのだけど。