クロアチアその5.5

5日目、明日は移動日なので今日がクロアチアを自由に動き回れる最後の日。

予報では天気が悪そうだったので心配していたけれど、起きて見てみればピーカン。昨日よりややゆっくりめにホテルを出る。

今日はロクルム島に行く。ドブロヴニクの南西にある小さな無人島。

旧港までてくてく歩いていくとパラソルの前に人が並んでいて、これがチケット売り場だった。120Knで往復。高い。

船で沖合に出ると風が吹き込んできて気持ちいい。



旧市街と打って変わって喧騒から遠い森の中で孔雀の鳴き声を聞きながら散歩。


死海 (Dead Sea) と書いてある方に向かってみる。思ったより坂がきつい。というか軽く登山めいてきた。

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途中、ここから先にヌーディストビーチがあるという看板を見た。もちろん手にカメラがあったのでそのまま回れ右。

周遊する船から見えるところにビーチはあったりするのかな、とちょっと気になった (別に見たいわけではない)。


植物園を通ったら廃墟に出会った。重機がいたので工事中なのかな。


道すがら岩場があって降りてみた。穏やかなアドリア海と石灰質の険しい岩場に落差があっておもしろい。

山の上に要塞があるみたいで眺めがよさそうなので目指していく。しかし11時半くらいで太陽は南中しかかっており、おまけにけっこうきつい。

朝は小食だったのでおなかも空いてきてクラクラする。

しかして山の上まで歩き、アドリア海を見渡す。吹き込んでくる風が気持ちいい……。思わず日陰に座り込んで水を飲み休憩。だんだん頭痛がしてきて、いよいよ限界っぽかった。無事に頂上につけてよかった。

体を触ってちゃんと汗が出ていることを確認。心拍も確認した。こういうときに心拍計つきの時計を買っておいてよかった。



頂上にはもうひとつ砦の廃墟。



中に入ることができた。本物の廃墟で、中は照明もなにもなく、少し埃くさい。昼間で周りに人もいるけどけっこう怖い。

さすがに疲れてきたので、降りて島の中にあるレストランで昼食。

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レモネードとマグロのステーキと野菜のベッド。バテた体にクエン酸が沁みる。マグロはミディアムレアで、刺身を食べ慣れた舌に嬉しい。胡麻でコーティングされて食感もよい。
バケットがついてきたけどステーキと野菜だけでお腹いっぱいになったので手をつけなかった。

エプロンをした明らかにウェイターっぽいウェイターと、ジーンズにシャツのカジュアルなウェイターがいて、シャツだけのウェイターにMay I help you?って聞かれて、なんでこの客はウェイター然として話しかけてきたんだろう? 本当にウェイターなのかな? と半信半疑でCan I order?って聞いたらYesと言われたので信じてオーダーした。
オーダーしたあとも注文が通るのか、やはり半信半疑だった。

食事を出されたらEnjoy!って言われるのが、なんかいいなと思った。「どうぞごゆっくり」とかもいいけど、素朴にEnjoy!って言われるとエンジョイするかーって気持ちになる。


お腹も満たされて満足したので帰ろうとしたら若干迷って海辺に出たので、ベンチに座って休んだ。まだ疲れが残っている。

孔雀に出会った。

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旧市街に戻ってWar Photo Limitedに行ってきた。ユーゴスラビア独立戦争の常設展と企画展をやっている。この日はガザ侵攻の展示だった。

ガザ侵攻は2014年。恥ずかしながらガザ侵攻がいつの出来事だったのかよく知らなかった。写真を通しガザのパレスチナ人 (アラブ人) たちを目にして、はじめて人々が亡くなる紛争がここ数年のうちにあったのだなあ、とやっと腑に落ちた。

自分が生まれた直前直後くらいにあったユーゴスラビア独立戦争は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに地雷がたくさん残ったことくらいしか知らなかったし、そもそもユーゴスラビアがどこにあったのかもわからなかった。

写真展示を見ながら、テキストを読まなければ一体どことどこの戦闘なのかわからなかった。それもそのはずで、交戦している兵士の双方の顔付きが似ている。

民族という実体をいまいちうまく捉えられていない。単に「〜人」と言ったとき、身体的な特徴や起源による分類を想起する。後知恵だけどこれは (自然) 人類学的分類といったほうがよさそうだ。

ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人などは民族的分類であり、人類学的分類では南スラヴ人、ディナール人種にあたるとのこと。
民族国家 (nation state) に対する理解・知識がぜんぜん足りないなあと痛感する一方、ユーゴスラビア独立戦争について「未摘出の地雷だらけのボスニア・ヘルツェゴヴィナ」以上の知識は得られたように思う。

さてWar Photo Limitedも見たことなのでホテルに帰る。もうこの旧市街ともお別れかと思うと寂しい気がした。雲が広がってきて「もうこれでおしまいだから」と言われている気がした。
もっと天気がよかったら踏ん切りがつかなかったかもしれない。


最後の夕景を収めようとホテルの前のビーチへ。

写真を撮っていたら座っていたカップルに「撮ってあげようか?」と声をかけられた。けど気恥ずかしかったので断って、それからちょっと考えて「写真を撮ってもいい?」と声をかけて撮らせてもらった。
こんなこともあるもんだなあ……。

一旦別れて、しばらくぼんやりとしていた。帰り際にまた声をかけられた。「ビールあるから座って飲んでいきなよ」と。明日早いし帰りたい気もしたけどせっかくなのでお招きにあずかった。

クロアチアのビールを差し出された。なんとなくここらへんの人たちはワインが好きそうなのにと不思議に思っていたら、二人はドイツから来たと言っていた。車でスプリトを経由して来たとか。

話してみると同じホテルだったらしく設備が貧相で綺麗とは言い難かったホテルの愚痴を話したり、ドブロヴニクは観光客でごったがえしているけどスプリトは静かだったよ! とかそういう話をした。
Japanを「ヤパーン」と発音するのを聞いて、ああ本当にドイツ語話者なんだなあ、なんて思っていた。

明日早いのでそろそろ帰るね、と挨拶して別れた。

最後の最後まで素敵なできごとの多い旅行だった!!