計画
最近、気が滅入りっぱなしなので休みをとってどこかへ出かけることにした。
Kindle で米澤穂信作品を読み漁るうちに『ボトルネック』で表された金沢の暗い気候に対する淡々としかし繰り返される描写がなぜか留まり、いつか行ってみたいと思いはじめていた。
また『聲の形』や『君の名は。』『氷菓』などいわゆる聖地巡礼で繋げられそうだったので、この機会に訪れてみることにした。
どこも微妙な距離と規模で、そこだけを目当てに泊まり掛けで行くにはちょっと敷居が高く感じる場所ばかりだったのでいい口実だった。
そこで1泊2日で回れるだけ回ることにした。
京都〜大垣
金曜日の朝、9時前の新幹線で米原まで移動する。米原から大垣行きの普通の接続はシビアで、こだまで移動したものの40分くらい待つ羽目になった。はじめは新快速で移動するつもりだったけれど、予定したよりも少し遅かったので新幹線を選んだものの、結果としては裏目に出た。
米原駅のホームがいくつも並ぶものの閑散とした風景は世の果てという雰囲気で、気持ちが落ち着いているときに見ると風情があるなと思える。疲れているときにここにやってきてしまうとさらに気が荒むだろう。
米原から大垣の車窓はお気に入りで、開けた盆地と山並みを縫う景色が入れ替わるさまがリズミカルで楽しい。この日は雨雲が迫っていて山々を白く覆っていた。
大垣で降りて歩きはじめて5分も経たないうちに雨が降ってきた。レインパーカーも折り畳み傘もあるし、なにより天気予報を見て覚悟していたので心は穏やか。
市街は韓国語で書かれた古びた看板が掲げられたビルなど妖しげな雰囲気が濃く漂い、雨の平日昼間、閑散としたアーケードから覗く景色は不気味だった。
新大橋や大垣公園、美登鯉橋など、『聲の形』の舞台となった場所を訪れつつぱらぱらと写真を撮った。
街には人口の規模に応じた施設や道路をもっているけど、大垣市が持つそれに対して街を歩く人々の姿は少なすぎて寂しい印象が残った。
岐阜から乗る特急の切符を買った。ふと思い立ってグリーン席を選ぶことにしたら、一番前の席があいていた。ワイドビューひだというからには眺めはよさそうだし、これからなにかいいことが続きそうな気がする。
昼前に大垣駅に戻って岐阜行きの新快速を待つためにドトールでココアを飲んだ。
大垣〜高山
12時40分くらいの新快速で岐阜へ。2年くらい前にも乗ったJR東海の新快速。
せっかくだから岐阜駅で駅弁を買おうと思ったけれど、改札外にしかなくて途中出場させてもらった。しかし品揃えも微妙でけっきょくおにぎりを買っただけ。
どきどきしながら乗ったワイドビューひだの先頭からの眺めはすばらしくて、ガッツポーズしたいくらい。
車窓からの眺めもすばらしく、木曽川、飛騨川を右に左に眺めながら谷間を進むさまは京都や北海道ではなかなか見られるものではなくて興奮しきりだった。
思わず車窓からの眺めを写真に撮り続けていたけど、興奮のあまりシャッタースピードを気にかけるのを忘れてしまいブレている (流れている) 写真が多かったことは、反省が残る。しかし次は間違えない。
これからの高山も楽しみだけれど、それ以上にいま乗っているワイドビューひだを途中で降りたくないと思ってしまうほどだった。
しかし1時間半くらいの長くも短くもない旅路も終わり、高山駅で降りた。除雪機が置いてあって冬季の気候に思いを巡らせた。北海道ではあまり見た記憶がないけれど、気付くほどJRに乗っていたわけでもない。
高山市に着いて日枝神社を目指すためバスに乗った。路線がいくつもあって、どの路線がどの目的地にいくのかラインカラーで図示されていたけれど、似た色もあって調べるのがなかなかむずかしかった。
それでも目的の路線を見つけたつもりで乗り込んだけど、結果からいうと間違っていた。南線が正解だけど間違って東線に乗った。
このバスものらマイカーという変わった名前で、おそらくマイカーのようにきめ細やかな、観光地にとどまらない停留所を設けているということに由来するのだろう。
実際、間違ってしまったけれどまず観光でやってきてわざわざ来たりはしないだろう街の外れをバスに揺られて眺めるのはおもしろかった。
だんだん日も暮れてきて、雨足は強くなり、途方に暮れるばかりだけれど、それでもなんとなく尊いものを見たような気がした。ちらほらいた乗客もほとんどが病院で乗り降りして終いには自分だけになった。
たった数時間だけだったけれど、ただ観光するつもりだけではかすりもしなかっただろう日常に少し触れた気がした。
一周して駅まで戻ってきてから、富山へ向かう電車の時間を気にしながら最後に図書館だけでも行こうと思い歩きはじめた。
天気のせいなのか、平日だからなのか、季節によるものなのか、思ったよりも高山の街には人が少なかった。アーケードが続く古い街並みの様子は京都の祇園にも似ている気がした。
東の山のあたりに向かって歩き続けるうちに、本当に自分は図書館に辿り着けるのかと不安になったけれども、2つ目の橋をこえる手前で折れて無事に図書館に辿り着いた。
そのころには空は暗く青く落ちていて、山にかかる霧のような白い雲の近さが気持ちを暗くさせた。気持ちは暗くなるけれど、濁らず透き通ったまま、ただ灯りが消えて影がさすだけのような、不思議な心地だった。
坂を下りてぐるりと回りアーケード街へ戻った。途中、おなかもすいたし飛騨牛バーガーのお店で食べていこうかと思ったけれど、ここでゆっくりすると次の電車は1時間半後で、それに乗ると富山と岐阜の県境の辺鄙な駅で2時間近く待つことになりそうだったので、諦めて駅へ急いだ。
これが最後ではないし、最後にするつもりもない、と言い聞かせて、また来るときまでの約束を作った。