愛されること、認められることを知っていて、かつ認められない体験もある人というのは、慎ましくも自信があって、そういう人の目は本当に澄んでいるように感じられる。

この人のこの瞬間のこの言葉には嘘や含意などなく、ただただ本意なのだなあと自分さえ安心できる、安心してしまう。

認められず鬱屈とした体験ばかりの人は卑屈で媚を売りがちで、大抵それも下手だ。見え透いている。

反対に認められ続けた人というのは言葉や態度の端々から慢心や優越する心が漏れている。

どちらも知った人の目には鈍い輝きがある。