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出かけようと思ったいたけど雨が降ってきた。

窓をあけている。近くの建物から雫が落ちる音が聞こえる。「近くの建物」とは耳で音をはっきりと捉えることができるであることから、それほど遠くないと推し量ってそう表現したけれども、実際のところはあまり近いと感じられない。遠くで響いているような気がしてならない。自分が「近い」と感じる距離はあまりに短い。

どこかでトースターの音が聞こえる。生活の音。午後二時半。間食なのか、遅い昼食なのか、あるいは仕事に出る前の早い夕食なのか。

それぞれにとっての昼食ひとつ考えてもあまりに一貫した意味がなくて、他人とひとつでも同じ意味を共有できたことなんてあるのだろうか、なんて考えてしまう。

自分が見ている青と他人の見ている青は本当に同じなのか、と似たような話。

他人の中に入り込めたら、肉体と精神も、まるでロボットを操るかのように主体性などないままに考えるというよりも選択肢を選ぶかのように次の行動を決めて、マンマシンインターフェースを通して無機的な感覚のまま肉体を動かすことができるのかもしれない。

鏡を見ると目の前にいるこの人間は自分じゃないと直感的に思う。自分が思っているよりも笑っていないこの人間、自分が思っているよりも悲しそうな顔をしないこの人間、本当にこれが、自分の感情とか思考に駆られて動き生きている人間なのだとは、俄かには信じがたい。