風情のあるなしはよく言及されるけど、風情は感じるもの、見出すものだと思っている。

たとえば龍安寺にあるような石庭は風情があると言われることがある。でも、あれは最初から風情があるわけではなくて、あれを「風情がある」と認めたところから、「風情があるもの」とされてきた、ということだと思う。

「風情がある」というのは「よい」とか「渋い」くらいの意味だと思っていて、「甘い」とか「寒い」とは違って、好きなように使っていいとも思っている。

ビルばかりが並んでいて風情がない、と言われることもある。自分はビルがたくさん並んでいるあいだの細い空間が好きであれこそ風情があると思っている。

風情は見出すものだから、「ここには風情がない」というのは、半分くらいその人の審美眼が曇っているということの告白なのではないか、と最近は考える。