ニコンプラザ大阪 - ショールーム | ニコンイメージング

この前、ニコンプラザ大阪に立ち寄る機会があった。

ニコンのカメラユーザではないし、いまのところ鞍替えしようという気持ちもなくて特に興味はなかったので、やはり縁のないところだった。

似たような場所ではソニーストア大阪に行ったことがあるけれど、あそこはソニーのデジタル製品が展示されていて、その一角にデジタルカメラが置いてある、というだけだったのでだいぶ雰囲気は違った。

まずニコンプラザにはフィルムカメラが置いてあった。F6 と、もうひとつはたぶん FM10 だったと思う。フィルムカメラがまだ現行製品として売っているんだなあ、ということに感慨はなくともぼんやりと不思議な気持ちを覚えた。

フィルムカメラだからといって特に軽いということはなくてそれなりの重さがあった。AF は最近のデジタル一眼レフカメラと比べると心許ないような気がした (速さよりも精度)。

家電量販店よりもずいぶん落ち着いた雰囲気だったのはよかった。ただ、自分たち以外には老人しかいなくて気分が悪かった。

同じフロアにギャラリーがあってふたつの展示があった。ひとつは学生むけ? の写真コンテストの入賞作品の展示で、これがよかった。

コンテストのために頑張って背伸びをしたような写真もあれば、とても自然でその瞬間を捉えたことにただただはっとさせられるような写真もあった。背伸びをするようなことが悪いわけではなくて、ただその背伸びをしている感じが多少なりとも写真に現われているということがよかった。ファインダーの手前の風景が想像できるような写真といえると思う。

こう書いてみるとずいぶん偉そうにものを言っている風であるけれど、こういったコンテストに応募した彼ら彼女らを尊敬している。コンテストという他人と、距離をうまくはかりつつなにかを収めようとしてみる、それを届けようとしてみる、ということ。

もう一方は、たぶん東日本大震災の記録写真展だった。こちらはつまらなかった。記録写真のようでいて、撮影した人が見え隠れするかんじが嫌だった。「これは記録写真です」とうそぶくかんじ。

災害とか事件を題材に表現を試みることも、記録を試みることも、嫌なかんじはしないけれども、「これは記録です」と言いながら強い意図や表現が隠れているものは騙そうとしている感じがしてとても気持ち悪い。

たぶん、東日本大震災というものに対してこの写真を撮った人は客観的になれていなかったのだと思う、のめり込んでいる。それは悪いことではないと感じているけれど、でもそれは記録する際には不適当な姿勢だと思う。

まだ記録できる状態ではないのに記録しようとしていて、無理矢理に記録にしようとしている歪さがある。記録にしてしまって自分の中から消したいような、そういう悪意めいたものさえ感じてしまう。

災害などに限らず、もっと適切な時間をかけて適切な姿勢で向き合えたらよいと思う。