尾道、今年は雲があって陽射しもいくらか柔らぐときがあった。

夕方になって雲が厚くなった頃、向かいの島に渡って散策をした。とても雲が厚くて陽が傾いていて、抑揚のない光線に照らされる町並みは、ほとんど死んでいるように見えた。

きっと少なくない人たちが、ここでやわらかに死んでいくのだろうな、ということを実感させられた。

地元、北海道にもなんとなく感じていた、じんわりと人が死んでいく、人がじんわりと死んでいくことを許容している、そういう死のにおいに満ち溢れていて、たまらなく気持ち悪かった。

商業施設の中の人の賑いすら哀しくて嘘っぽくて、死体が踊っているだけではないか、という憤りすら感じたかもしれない。

そこに実際に生きている人たちを指して「死んでいる」と言っているわけではなくて、そこになにもないこと、なにも始まらないこと、なにもやってこないことだけを信じて、ただ死が訪れていく、そういう死が時間を支配している、という実感が本当に気持ち悪くて、苦痛で、何度も引き込まれそうになった。

田舎の閉塞感、といわれるとそうかもしれないし、そうでないようにも感じる。

なにがそう感じさせているのかはわからない。だけど、とにかく抜け出したいとおもうし、連れ出したいとおもう、誰を?