暑くてたまらんとか、つまらない講義があって苦痛だとか、交通費とかかさんでお金のやりくりが大変だとか、そういう些細なことが積み重なってわりと参っているかんじで、なにか事あるごとに大学やめることとか考えてる。わりと真剣に大学やめて就職するだのしないだの、ということをシミュレーションしたりもした。

だけど、ふとケータイを見てて先月に妹とやりとりしたメールを読んで、妹が「こっちも講義つまらないよ、めんどくせーな」みたいなこと言ってて、すごく安心したし、自分も頑張ろうという気になったことをおもいだした。

妹は中学生のときに不登校になったものの、高校入学と共に学校生活に復帰している。そういう妹が「学校にいくのめんどくさい、行きたくないな」といったことを冗談交じりに言うというのはとても価値があることだとおもう。

妹はおれとよく似て人との関わり方についてとてもナイーヴな一面があって、しかしながらある意味でそれを克服したんだ。いや、ちがうな、まだそのナイーヴなところは失われていない、けれどその性質を自分の中にあるものとして受け入れて生きている。そういうところが、とても強くて、しかし強すぎるなあ、ともおもう。

おれは妹がなぜ学校にいかなくなったのかはっきりとは知らないし、妹に訊いてもいまとなっては本人にもよくわかっていない様子。だけど、なんとなく想像はついて、きっと自分自身の意思に負けたのだろうとおもう。妹の「強さ」とは意思の強さであり、言い換えれば強迫観念の強さでもある。自分への強迫に耐えられず、また誰も救ってやれなかったからではないだろうか、と考えている。まあ、実際のところ真偽はどちらでもいいのだけど。

そういう妹を心から尊敬するし、意固地というか頑なであるところが彼女の魅力でもあるから、それに押し潰されないよう、愚痴だとかを吐くような相手がいるという安心感をもってほしいし、この世に二人とない兄妹なのだしおれは妹にとって安心できる人間でありたいとおもう。だから、それなりにまともな生活を送ろう、とおもった。

いま抱えているわだかまりは、たぶんそれぞれは些細なことで、そういう些細なことの積み重ねに耐えられなくなっているのだとおもう。きっと、ほんの少しだけ心に余裕ができれば乗り切れることだとおもうから、夏休みにいやなこと忘れて発散して2011年残りを乗り切ろう。冬休みは短いけどきちんと帰省しよう、うんうん。