入院している祖父 (現実には既に亡くなっている) を外に連れ出してあげることになった。妹と二人で迎えにいく。
歩く姿もどこか頼りなくおれか妹がそばで支えてあげないと、とてもじゃないが危なっかしくて見ていられなかった。
病院を出て、2車線の大きな橋を渡ることになった。祖父は走れないので、おれが背負うことになる。いくら老いて痩せたとはいえ、男性として異常なほど軽かった。
無事に渡り切り、母が車で待っているホームセンターの駐車場についたところで、祖父の息があがったので降ろして横にしてあげた。
疲れきった祖父の顔には、いつも厳しく、無愛想で、第二次世界大戦の記憶を語ったときの人間らしさというのだろうか、威厳が失なわれていた。
生物学的な死、ヒトとしての死と、社会学的な死、哲学的な死、人としての死は別にあって、つまりこの人は既に死んでしまったんだな、と虚ろな祖父の表情を見ておもい、ひどく悲しい気持ちになった。