卒業作文 (仮)

卒業作文 (仮)

自分は高校というところを勘違いしていたのだと思う。何か楽しい生活だとか、素晴らしい友人だとか、運命的な異性との出会いだとか。そういうものがあらかじめ用意されているところだと思い込んでいた。 冷静に考えてみれば、この世の中に平等というものは存在しなくて、だから何も考えずにふらりと入学した高校というところで対価を払わず何かが用意されていることなんて、「ありえない」ことなんだ。

目新しいことは少なく、楽しいこともやってこない高校生活というものに飽きるのは簡単だった。黙ってて友達ができたのは1年生のときだけだ。人並みの神経を持ったやつらは「孤立」することが怖い。 だから「普通」を装って言葉を交わして「友達」をつくりあげる。自分がそいつを気に入るかどうかなんてどうでもよくて、そんなのは後から徐々に切り捨てていけばいいだけなのだ。だから自分もそうすることにした。

結果として中学のときとなんら変わらず、自分が人間との関わり方を思い出そうとしている内に、暫定的な友人としたやつらは開拓をどんどん進めていった。あるいは暫定と考えることが間違っていたのかもしれない。 あいつらはそんなことを考えずに、ただの「友達」を見つけていたのかもしれない。これが彼らと自分の決定的な違いだとおもう。

だけどそんなことを夢にも思わない自分は、「素晴らしい友人」がいつまで経ってもやってこないことに憤りを感じていた。「こんなはずじゃない」と。楽しそうだったし、女の子とも仲良くなりたかったから学校祭の準備に参加したかった。 でもそれに参加しても一緒に話して笑える「友達」がいないので、「バイトがあるから」といっていつも帰っていた。家に帰ってひとりでなにかをするというバイトをしていたので。


小学校の部活、吹奏楽の先輩に「キモイ」と言われ続けて、自分がどういう人間かということを自覚した。アイドルになれるような容姿ではないと思っていたけど、そんなものだったのだ、と気付いた。そもそも自分の容姿について考えたことなんてなかった。 考えたくもなかった。けど先輩ははっきりと「キモイ」と言って、それが全てだった。自分はキモイんだ、と自覚する。自分もキモイひとはキモイので嫌いだった。キモイということは人を嫌悪させる何かがあるのでキモイのだから。 だからその先輩がおれのことを「キモイ」という理由で嫌い、あざ笑うことも納得できた。だって自分は気持ち悪い。

自分がキモイやつなのだとわかって、ひとに対する接し方がわからなくなった。キモイひとはいるだけで嫌悪を促す。というより嫌悪を促すのでキモイのだ。気持ち悪いなにかを前にして喜ぶひとなんていない。 虫はおれにとって気持ち悪い存在だけど好きなひともいる。だけどその人は虫が気持ち悪いから好きなのではなくて、つまり虫になんらかの魅力を感じている、有り体にいえば虫に可愛さを見出している。そんなわけで気持ち悪いものが好きな人はいないとおもう。 急速に自分はひとと話したり、そもそもひとの前に姿を晒すのがいやになってきた。だから、「嫌われる」という結果が前提ならば、なにをしてもいいだろう、とおもった。すごい人間になろうとおもった。それからおれは奇妙な言動と行動を繰り返すようになった。

具体的に書く理由がないので書かない。ただ、周りが引いている、或いはおれを哀れんでいる、と小学生ながらに実感できるほどのことをした。それでも思春期というものに踏み込みつつあった6年生のころ、ひとりの女の子が気になりだした。 背は高いけど威圧感はなくて、いつもぼけっとしており、表には出さなかったが、奇妙な考え方をするひとだった。気持ち悪いほどに奇天烈なおれと楽しそうに会話するので相当なものだと思う。 彼女が違ったのはおれと違って、容姿が悪くなかったことと、他人とうまく付き合えたことだった。特別に可愛いわけでもなく、活発でもなかったが、よく他人に目が届き気を遣う人間だった。そういう縁の下の力持ちのようなところが気に入っていた。

普段はおとなしくて害悪のなさそうな彼女の「ヘンなところ」を暴いていくのが楽しくて仕方が無かった。その内、交換日記をはじめた。どちらから持ちかけたのかなんて忘れた。ただ、面白そうなのではじめた。 思春期とかいうものに近付きつつある小学生にとって、恋愛沙汰というのはこの上ない娯楽であったから、自分たちがその興味の対象にされることを嫌った。男と女が交換日記をするという前時代的で意味深な行為を異常、変だと自覚していた。 だから、交換日記を渡すときは自然な素振りで、しかし誰の目にも留まらないように行った。

そういう関係を続けていて、恋愛という話題が好きなある女の子に「告白しないの?」ときかれた。確かに自分は好きだし、告白してみるのもおもしろいかな、と思った。別に付き合おうとかそういう考えは見当たらず、ただそれがひどく「ヘンなこと」だと思ったからしてみようと思った。 帰り道、気軽に言おうと思ったがなかなか出ないので、別れ際になって怒鳴るように「おれ、おまえのことすきだから」と言った。それが人生はじめての愛の告白(笑)で、言ってみて本気でその女の子が好きで、恋をしていると気付いて、とても恥ずかしかった。なにに?

そもそも付き合うとかいった概念がないので、それで終わった。その頃は「相思相愛かどうか」がステータスみたいなものだった。おれに告白することを唆した女の子がリサーチを買って出た。あからさまに女の子はおれとの会話を避けたから。 リサーチした結果がどうだったのか覚えていない。交換日記は続き、その子とおれとの会話も徐々に戻っていったので、なにも変わっていなかったからだ。

中学に入ってその子とクラスは別になり、そして間もなく転校していった。あまりにも唐突で驚いて、居なくなったあとでおれにとって居てほしい人間、居なくなると困る人間だとわかった。しかしそういった甘い夢のような現実に身を投じる余裕なんてなかった。 クラスのリーダー格の女の子に目をつけられて女子から無視かそれ以下の扱いを受けるようになった。男子からの扱いは変わらなかったが、吹奏楽部という女性社会に籍を置いていたので、女子の反感を買うということは部活での死を意味する。 幸い、ほとんどの先輩はどうでもいい1年生の戯言に耳を傾けなかったが、耳を傾けるような先輩はよっぽど暇なので、することは暇つぶしになるくらい興の乗ったものだった。女性の暗部とは陰湿で執拗なものだと思った。暴力をふるわれたことなんてない。 いくら貧弱そうなおれでも男だから、単純な力でいったら女性は負けるに決まっている。だから吹奏楽という社会の中でおれは拷問を受けた。

好きだった女の子と連絡を取り続けるべきだったのかもしれない。部活やクラスで無視されることなんて理由にならなかったのかもしれない。そんなことは考えるだけ無駄だ。もう終わったことなのだし。 ただ、話していて楽しく、また「ヘンなやつ」であるおれを拒否することもなかったそいつのいなくなった生活では、人間との関わり合いがやっぱり面倒なことに思えてきた。 3年生になっていろいろな理由から部活をやめて、学校は週に3回ほどしか来ないようになった。そんな生活では勉強も手につかず、成績は悪いままだった。

2年生のころにゲームの攻略サイトでチャットや掲示板のコミュニケーションをはじめて、おれの生活はそれが全てになった。おれが気持ち悪い人間かどうかなんて知る術もないので問題とせず、ただひとりの人間としてみられてコミュニケーションをした。 おれはコミュニケーションすることが楽しくて仕方がなかったが、これが学校でも通用することがないとわかっていた。ディスプレイ越しの彼らはおれが気持ち悪いかどうかを問題としていないんじゃなくて、問題とできないだけだった。単純に顔がみえない。 だけど、顔が知れることもないと思ったので、やっぱりおれは楽しかった。好きなゲームの話題やどうでもいいことを一晩中話してばかりいた。

それができない修学旅行はひどくつまらなかった。ある種のホームシックだった。はやく帰りたくて仕方が無かった。時間の経過がもったいぶっていて気に入らなかった。 そうして帰ってきた自宅、というよりインターネットのせかい。インターネット中毒とかそういうものじゃない。インターネットのコミュニティがすべてで、学校はうそだった。 だから、生きているのはインターネットのコミュニティの中で学校じゃない。そう考えた。

碌に学校にこない自分は勉強の成績がふるわなかった。にも関わらず四大へ進学することを志していたので進学校に行きたかった。まったくもって馬鹿げた中学生としか言いようがないとおもう。 そういうわけでおれは高校受験を放棄した。少なくともおれの住んでいる地域では私立高校というのは特進などを除いて滑り止めというか全入のものであり、受験というのは名前を書けるかどうかという、猿か人間かを見分けるだけのものだった。

こうしておれは高校生になる。


てきとうに過ごすまま、高校2年生になっておれは、やっぱり中学校と変わらないんだ、ということを知る。1年生のときのクラスメイトは1人しかおらず、クラス以外に交友のなかった自分はまさしく孤立した。 自宅から高校が遠いという地理的な理由もあって、学校にいくことが本格的に嫌になった。学校に行くのが嫌なので、そのぶんの時間を有効活用しようとバイトをはじめた。 だけど、軽音楽部での活動は休まず、文字通り、部活のためだけに学校に通っていった。高い私立の学費を払う親のことなど省みなかった。そんなことは考えられなかった。

同じクラスだったある女の子がなんとなく気になって、生まれてはじめて異性のメールアドレスを聞く、という行為をした。このとき、おれは高校生だと胸を張っていえるような気がした。気がしただけ。 そうしてメールでコミュニケーションを重ねて、学校祭でライブやるからきてね、という話をした。前日、係の仕事が軽音楽部の発表の時間にかぶった、と律儀に知らせてくれた。おれはひどく落ち込んだ。 けど彼女は係をかわってくれて約束を守ってくれた。誰かに見られる、聞いてもらえることの尊さのようななにかを知った自分は、泣いて喜んだ。それが自覚したはじめての幸せだったとおもう。 この人におれが感じた幸せを還そうと思うようになった。

しかしおれは気持ち悪い人間なので、彼女もきっとおれのことを嫌悪するだろう、と考えて面と向かって話すことはなかった。怖かったから。おれの姿を見て醜さに泣いてしまいそうな気がしたからだ。仕方の無い話だ。 だから、彼女はその内にメールしかよこさないおれに飽きはじめた。だけどおれは身勝手にもその子のことに夢中になって、ひとりよがりな恋ですらないなにかを抱え込んだ。名前を呼ぶだけで眩暈がして、顔を見るだけで吐き気がする。これを恋煩いというなら、自称恋愛体質な人はただのシャブ中だとおもった。

おれは人生で2度目の告白を試みるが、彼女はやんわりと断った。身勝手に残酷なひとだな、と思った。お前が嫌いだ、と。そういってしまえば、おれは楽になれたのに。やっぱりおれは気持ち悪くて嫌われる、そういう人間だと思えたのに。そんな身勝手で気持ち悪いことを考えた。


3年生、テスト期間中に軽音楽部のある男から麻雀に誘われた。教えるから、と。結果からいうと、おれは卓に座らされて、平和と対々和と断ヤオについて聞かされて、言われるままことを進めた。断じてそれは「教える」という行為じゃない。 「え、お前、なにやってんの?」という初心者のおれに対する謂われ無き嘲笑を受けぬため、おれは麻雀を勉強した。おかげで1ヶ月でおれは麻雀の楽しさを理解し、またちょっと変わった出会い方と付き合い方だが、友達というものを久しぶりに得た。 部活では部長を務め、企画進行をしたりと忙しい身になった。

3月の卒業式で大した感慨を覚えず、12月の最後の軽音楽部のライブが楽しくて、また終わったあとに「もう部活は終わりなんだ」と理解して涙を流すくらいなのだから、きっと最後までおれにとっての居場所は軽音楽部だったのだとおもう。

要するにやりたいことをかなえるためにバンドを掛け持ちしたりなんだりした軽音楽部が楽しくて仕方が無くて、そうして能動的にならなかったすべてがかなわず、つまらなかったのは高校がすべてを提供するところではないということの証明だとおもっている。 気付くのが遅かったのかもしれないし、気付けただけ幸運なのかもしれない。どちらでもいいことだ。

小学校のころ、好きだった女の子のことは最近思い出し、そして高校のときに好きだった子のことも徐々に忘れつつある。おれはどちらも忘れたくないけど、そんなのはむりだ。きっとおれは忘れていく。 転校していった子と連絡をとらなかったことを後悔して、罪悪感めいたものも感じている。けど、そんなのは独善的だ。おれが連絡をとろうととらまいと、彼女は幸せであったかもしれないし幸せであるかもしれない。そうでないかもしれない。 おれの与り知るところではない。

ただおれは、やっぱり社会的生物としての人間としてこわれていて、それは根本の欠陥なのでどうにもならなそうだ、ということをおもう。 だからよい伴侶を得ることだとか、社会的地位を得ることだとか、財産を築くことだとか、そういう普遍的な幸せを求めようと思わない。きっとおれはそれらの価値を理解できない。 だから、おれに幸せな時間と感情を与えてくれた人々、ひいては自分以外のすべての人々を幸せにしたいと思う。なにが幸せかなんて曖昧だから、誰もが不幸じゃない世界をつくりたいとおもっている。 馬鹿げているとおもう人もいるだろうし、不可能だという人もいるだろうし、人間を馬鹿にしていると憤る人もいるだろう、とおもう。 でも、そんなことは、おれは、知らない。馬鹿げているとか、不可能だとか、人間を勘違いしているとか、そんなことは問題じゃない。おれは身に余る幸せを手に入れたので、それを還元するだけなのだ。

以上、あんまり卒業とか高校とかと関係ない作文おわり。